「ごめんなさい。私、待っていたいんです。ここから離れたくないんです」

「このままじゃ友季子さん倒れちゃいます」

「まさか」

少し笑ってから友季子さんは視線を池に戻した。こんな雨の中、カモの親子がゆっくりと泳いでいた。

「待つのは楽しいですよ」

友季子さんが言った。見るとほほ笑んでいる。

「そうですか? 『待つ身は辛し』って言葉があるじゃないですか」

「たしかにそうね。だけど、相手を待たせるほうが悲しいと思うの」

言われてみればそんな気もしてきた。約束に遅れて走る自分よりも、それを待っているほうがたしかに気持ち的には余裕があるかもしれない。

「彼が来る、って思っていれば雨だって風だって平気なんです」

先に待っている幸せが友季子さんを穏やかにしているのだろうか?

恋愛ってすごいな……。それほどまでに相手を想えるからこそなのかもしれない。私がこれまでにしてきた恋愛なんて、子供のままごとに思えてしまう。まぁ、ほとんど片思いだったけれど。さらに言うなれば、つき合ったこともないけれど……。

恋する想いはひょっとしたら強さになるのかもしれない。その強さで人は成長してくものなのかも。

どうやら友季子さんに動く気はないらしい。少しだけ迷ってから、私も黙って隣に立って水面を見た。

「じゃあ、私も待ちます」

「え、どうして?」

きょとんとしたその顔は、幸せそうな悲しみ色。

「小野さんを見てみたいから。ただの好奇心です」

「いつになるかわかりませんよ」

「たぶんそのうち雄也から電話が来ますから、その時間までです」

眉をひそめていた友季子さんはやがてあきらめたように笑った。

「詩織さんて、意外に頑固なんですね」

「友季子さんも同じくらいに、ですよ」

それから私たちはまた雨が模様を作る水面を眺めていた。



池のほとりにある公衆トイレから出てくると、いつの間にか雨が止んで日差しが顔を出していた。

その瞬間、イヤな予感はしていた。観光客が現れだした池のほとりに、赤いカサが見当たらなかったから。

元いた場所に急ぎながらキョロキョロ見回すけれどどこにもいない。どうしちゃったんだろう?

ひょっとして具合が悪くなったのかも。

ベンチのあたりまで戻り途方に暮れていると、

「詩織ちゃん」

聞き慣れた声がした。