そのとき、店を出ていくときの夏芽ちゃんの笑顔を思い出した。

「でも、誰かの悩みを解決することなんて、私にできるのかなぁ」

「おこがましい考えね」

「なにそれ」

眉をひそめた私に和豆は腕を組んだ。

「人はね、誰かに相談しても結局、最後は自分で答えを出すものよ。悩んで悩んでも、誰かのアドバイスに従う人なんてそうそういないの」

「じゃあ私の役割なんてないじゃん」

「あるわよ。話を聞くだけで、その人自身が考えるヒントを上げているのよ。だから解決しよう、なんて思っちゃダメ。心のままに受け答えしなさいな」

「心のままに……」

つぶやくと、「そうよ」と大きく和豆はうなずいた。

「悩み、という川の流れはあっちこっちに枝わかれして、時には逆流したり氾濫もするの。素直にその人の最後の答えにたどり着くために、詩織ちゃんはありのままの心で、綺麗な水の流れを作るのよ」

そう言ってから和豆はまたゲップをするものだから、せっかくの話もそこそこに私は笑い転げてしまった。



農家のおじさんから野菜をもらう、というミッションが終わったら、すぐに店に戻るつもりだった。が、私は店へ続く小道を曲がらずにまっすぐ進む。

気になっていることはひとつしかない。

猿沢池が見えてくると、昨日の願いが叶わなかったことを知る。赤いカサが遠くからでも見えたからだ。

昨日と同じ場所でぼんやり立っている友季子さんは、近づいてくる私に気づくと、

「ああ」

と、安堵のため息をついたように思えた。

「まだ来ないんですか?」

挨拶もそこそこに尋ねる私に友季子さんは静かにうなずいた。

「電話とかは?」

「いえ……」

せっかく昨日元気になったと思ったのに、疲れたような顔に戻ってしまっている。

「とにかく電話してみましょうよ。なにかあったのかもしれないし」

「でも……」

「お店に来ませんか? 一度作戦会議をしましょう」

腕を持とうとした私を避けるように友季子さんは一歩あとずさった。

それからゆるゆると首を横に振ると、

「大丈夫です」

と、まるで大丈夫じゃないように言った。

「ダメです。ひとりにしてなんて帰れない」

使命感、と言うより義務感のような感覚で私は言った。一瞬触れた腕は雨のせいでびっくりするほど冷たくて、きっと相当疲れているはず。