カウンターに回ると、友季子さんの隣に腰をおろした。左端の席にはさっきまでいなかったナムがどてんと座っていた。

「恋人がいます。小野さん、という名前の男性です」

言葉が出てこないまま私はうなずいた。

「おつき合いをしていました。と言っても、小野さんは京都に住んでいて、たまにしか会えないのですけれど。それでも、大事な人です」

ぽつりぽつり、とこぼす友季子さんはじっと茶粥を見つめている。

「どうして振られた、って思うんですか?」

ようやく出た言葉に友季子さんは首を少し振った。

「約束したんです。あそこで待ち合わせしよう、って」

そう言うと友季子さんは足元に置いたショルダーバッグから封筒を取り出してカウンターに置く。

「……読んでいいんですか?」

ためらいがちに尋ねると、友季子さんは小さくうなずいた。

バッグの中にも雨が染みこんだのか、しっとりした茶色い封筒には綺麗な文字で【平野友季子様】と記されている。住所や消印はにじんで泣いているように見えた。裏をめくると【小野准】と綺麗な文字で書いてあった。住所は【京都府城陽市】と記してある。貼りついた封筒から便箋を取り出すと破れないようにゆっくりと広げた。

雨のせいでインクがにじんで文字がぼやけていた。

男性の文字とは思えないほどに達筆で丁寧な文字を読む。



【平野友季子様

梅雨のはじまりを知らせるタチアオイの花が咲き始めました。

長い間、待たせてしまって申し訳なく思っています。

ようやく仕事も目途がつき、改めて話をしたいことがあります。

僕たちが出逢った日を覚えていますか?

あの日、猿沢池できみを見た日から僕の運命は決まっていたと思う。

出逢ってちょうど二年の記念日がもうすぐ来ますね。

その日の十時、猿沢池で待っていてください。

会えることを楽しみにしています。─准】



読み終わると同時に、

「なんだ……」

少しホッとしている自分がいた。

「すごいじゃないですか。これってひょっとしてプロポーズじゃないですか?」

こんな手紙を送っておいて振られることはないだろう。

よほど深刻な手紙かも、と心配していたので力が抜けた。

「でも、来ないんです」

そっか……朝の十時からだと四時間近くも待っていたことになる。

そりゃあ、少しは不安になるだろうな。