つぶやく私に、友季子さんは褐色に輝く鍋の中を見つめている。

ようやくこっちを向いた雄也と目が合う。

「和豆さんの茶粥を見たときも思ったんだけどね。お粥にしてはお米がふやけていないよね?」

「へ?」

「だってお粥って言えばさ、お米がふにゃふにゃに水分を含んでいるものでしょう?」

口をへの字に結んだ雄也が口を開くより前に、

「これでいいんですよ」

友季子さんがうなずいて私を見た。

「奈良の茶粥は、お米をたくさんのお茶で炊くんです」

レンゲを手に友季子さんが鍋底をさらうと、茶色のお米が姿を現した。

「へぇ……お茶漬けみたいですね」

米の形をしっかりと残している粥なんて、茶粥だけだ。

感心しながら厨房に戻ると、

「でもさ、茶粥だけ、ってなんか少なくない?」

友季子さんに聞こえないように雄也に尋ねた。

これまでのメニューは栄養バランスもすごく良さそうだったのに、茶粥がメインなんてあまりにも質素に思えてしまう。

やっぱり手抜きじゃないの?

「いいんだよ。どうせ食える状況じゃないんだろ?」

雄也が視線は友季子さんに合わせたままで言う。

意味がわからず私も友季子さんを見ると、レンゲからスッと手を放したところだった。そのまま目を伏せると友季子さんは肩を落としてしまう。

湯気の向こうで、また悲しい表情になってゆく彼女を見ていることしかできなかった。

「茶粥を出したのは、食べられないのは一目見ただけでわかったからだ。だが、匂いだけでも落ち着くだろう。食えないやつから金はとらないからゆっくりしていくといい」

そう言ってから雄也は、

「あとはたのんだぞ」と、そっけなく店の奥に引っこんでしまった。



気づくと三時。今日の仕事は終了、ってわけか。

しばらくは無言の時間が流れた。

湯気の量がどんどん少なくなってゆくけれど、じっと友季子さんはそれを眺めて動かない。

私も話しかけてはいけない雰囲気を感じて、ただ黙っていた。

「私……振られたのかもしれません」

やがてつぶやくような声が聞こえる。

「友季子さん……?」

友季子さんは目を伏せたまま、

「たぶん振られました」

そう言った。

雨の音がさっきより強くなったよう。

「話、伺ってもいいですか?」