と、言うと雄也は黙って視線を友季子さんに向けた。

「……あの。すみません」

なぜかわからないけれど謝ってしまう友季子さんは人がいいのだろう。いや、気が弱いのかもしれない。

「謝ることはない。座って待っててくれ」

こちらは気が強くぶっきらぼう。

「はい」

消え入りそうな声とともに腰をおろしたのを見てから厨房へ入った。野菜を冷蔵庫にしまうと、雄也が調理を始めている。

が、すぐに今朝のメニューとは違うことに気づく。

「あれ? 魚は品切れ?」

今日は焼き魚だったはずなのに、小さな鍋でなにかを煮こんでいる雄也。

「そんなとこだ」

「へぇ……」

ひょっとして店じまいしていたのかもしれない。と、いうことはまたしても『余計なこと』をしてしまったかも。

あとできっとイヤミを言われちゃうな。

副菜を用意しようと棚のほうを向いた私に、

「必要ない」

行動を先に読まれてしまう。

しばらくすると雄也は、足元の棚から小さなお盆を取り出した。見たことのない黒いうるし塗りのお盆に、鍋敷きと小皿に載せられた梅干、そして厚焼き卵を置いた。

鍋の火を消して、鍋敷きの上に置くとそれを私に渡してくる。これってまるでさっき和豆さんに持っていった……。

じっとお盆を見つめる私に、あごを動かして『行け』と命令してくるのでカウンターに回った。

「お待たせしました」

お盆を目の前に置くと、友季子さんは不安気な顔で私を見た。まだ青い唇だけど、髪や服からは少し水気が取れたよう。

「これは……?」

「えっと」

メニューが変わったのでわからない。助けを求めるように厨房を見るけれど、雄也は背中を向けて冷蔵庫に野菜をしまっている。

「失礼します」

添えてあったふきんでお鍋の蓋を取ると、いっきに湯気が舞い上がった。白い世界の向こうにあるもの、それはさっきも見た『茶粥』だった。

いくら閉店間際とはいえ、メニューを変えた雄也に目線で抗議をするが、こっちを見ようともしない。

「茶粥、なつかしい……」

さっきより少し声のトーンが上がった友季子さんに視線をやった。

笑顔になって見つめている友季子さんの頬に朱がさしている。

「お好きなのですか?」

和豆さんもそうだったように、奈良の人は茶粥が好きな人が多いのかな?

「遠い昔に彼とよく食べました」

「彼と……」