もうお父さんもお母さんも寝てしまったかな?と思いながら玄関のドアを開けると、ダイニングのドアから光が漏れていた。

怒ってるだろうか、とおずおずとダイニングをのぞくと、お母さんが食卓で座って待っていた。

「お母さん」

小さな声で呼びかけると、お母さんはゆっくりこちらを向いた。

「遅かったわね」

その声に疲労が濃くにじんでいて、申し訳なくなる。

「ごめんなさい」

「……あなたまで、帰ってこないんじゃないかって思った」

ハッと胸をつかれた。

「もう寝るわ。お風呂の電気、消すの忘れないでね」

「うん」

寝室に向かうその背中が、一気に老けたように思えて胸が痛んだ。

やっぱり今のままじゃいけない。
お母さんに安心してもらうためにも、また家族みんなで屈託なく笑えるようになるためにも。

わたしは小さく決意して、食器棚の引き出しから、ピンクの封筒を取り出した。

こっそりと家を出ると、うちの裏にある神社の階段のところで待っている凪の元に急いだ。ここら辺は街灯もそんなに多くないし、十一時を過ぎた今、家の灯りもまばらで、自転車のライトだけがやけに明るく光って見えた。人通りなんて全然なくなってしまっていて、外にいるのはわたしと凪だけなんじゃないかという気さえする。

「凪?」

暗くて凪がいるのかどうなのかよくわからなくて、わたしは恐る恐る声をかけた。

「いるよ」

凪が石段の影から顔を出した。

「怖かったー。自転車のライトくらい、つけておけばいいのに」

「なんか明るすぎて目立つかなって。それに虫が集まってくるんだよ」

「えー」

しょうがないので、わたしも自転車のライトを消して、凪と並んで石畳に座った。

スマホのライトで、例の手紙を照らして見せる。

「これ」

凪が小さくうなずき、受け取ろうとしたので、わたしはあわてて凪の腕をつかんだ。

「なに」

「凪、手紙の思いを読むのはこれで最後にしてね」

「わかってる、僕だって読むのが好きなわけじゃないんだから。くるみの家族のことだから、力になりたいだけだよ」

わたしは小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。

「じゃあ、貸して」

凪があっさり、わたしの手からピンクの手紙を取り上げた。わたしはスマホのライトで照らす。

凪は大きく息を吸って深呼吸すると、両方の手のひらでピンクの封筒を挟むようにして、押し当てた。そして、祈るように目を閉じる。

わたしは息を呑んでその様子を見つめた。

途端に凪の体が前のめりに崩れた。

「え? ちょっと、凪、大丈夫?」

わたしはあわてて、凪の体を支える。