「だから、わたしはおじいちゃんの気持ちがわかる。凪にはその能力を使ってほしくないの」
「でもさ!」

凪は勢いよく言った。

「僕は、その記憶をなくして、困ったことがないんだよ。正直、なにを忘れたかもわからない。そのことで僕自身が苦しんだことはないんだ」

そう言われて、言葉に詰まった。

『なにを忘れたかもわからない』という、それこそが、はたから見たらどれほど悲しく寂しいことか。でも、その事実を強く訴えたり、詳しく説明するのは、凪がかわいそうな気がした。

凪だって忘れたくて忘れているわけではない。凪は、『手紙の思いを読んでしまう』という特殊な能力の一番の犠牲者なのだ。
自分が意図しないところで、人を傷つけたり、悲しませたりしているという事実を凪に突きつけるのは、あまりに残酷な気がした。

だから、わたしはできるだけ明るく言った。

「でも凪、この前ゆきさんの手紙の思いを読んだ後、ぶっちーのことも忘れちゃったじゃん。凪、本当にぶっちーのこと大事にしてたんだから。わたしにとってはぶっちーを忘れたことだって、けっこう衝撃的だったんだよ」

「ああ」

ぶっちーと聞いて、凪の顔がほころんだ。

「かわいいよね、あいつ。くるみがかわいがってるから、僕も声かけるようにしたら、すぐなついてさ」

その表情に見覚えがあった。
ぶっちーを家族のようにかわいがっていた頃の凪の顔だった。

「今日もちゃんと夕ご飯あげたよ」

「え、本当に?」

「ていうか、最近朝晩、僕がご飯をあげてるんだ」

その言葉に、喜びと安心感と泣けてくる感じがごちゃ混ぜになった。

ぶっちー、よかったね。また前みたいな関係に戻れたんだね、と、ぶっちーとハイタッチしたいほどだった。

「忘れたってさ、こうやってまたやり直してけばいいわけじゃん」

「やり直す……」

「そうだよ。前の僕とぶっちーがどんな感じだったかわからないけど、今だってだいぶいい関係になったと思うよ。最初は『え? この野良猫をかわいがってたの? 僕が? なんで?』って思ったけど、今はぶっちー元気かなって気になるしさ」