勢いで家を飛び出したはいいけれど、行くところなんてない。
もう八時を過ぎているし、凪の家に行くには時間が遅すぎる気がした。

わたしは仕方なく、一番近くにあるファミリーレストランに避難した。

店内はそこそこ混んでいて、わたしは隅のふたりがけの席に案内された。
その時、通りがかりの席に凪を見つけた。思わず立ち止まったわたしに気づいた凪も、驚いた顔をしている。

「くるみ?」

「凪、どうしたの? こんなところで」

わたしは思いがけない遭遇がうれしすぎて、小走りで凪のところまで駆け寄った。

「くるみこそ、どうしたんだよ。ひとりで」

「ちょっとね……」

口ごもると、「立ってないで座れば」と、凪は自分の前の席を促した。

店員さんに「ここでいいです」と声をかけて座った時、気がついた。
夜のお店で、ふたりきりで凪と向かい合って座るなんて初めてだった。

そう思った途端、少しそわそわしてしまう。

なんかもっとちゃんとした自分でこのシチュエーションになりたかった。
昼間と同じ服だし、ちょっと泣いた後でむくんだ顔をしてるだろうし……。

わたしはガラス窓に映る自分を見た。力いっぱい自転車をこいできたから、髪もボサボサだ。

「やだー、もう」

「なに、どうした」

突然声を上げたわたしに、凪が驚いて聞いてくる。

「ううん、なんでもない」

まるでデートみたいなシチュエーションなのに、こんなにボロボロな自分が嫌になるなんて恥ずかしくて言えない。

するとタイミングよく、ウェイトレスさんが注文を取りに来た。

「凪、なに飲んでるの?」

「コーラ」

「なんか珍しいね。凪がコーラとか」

普段あまり炭酸を飲んでるところを見たことがなかった。
わたしがジンジャーエールをオーダーして、ウェイトレスさんが行ってしまうと凪がポツリと言った。

「家で飲めないもの、飲もうと思って」

「ふーん」

「うち、じいちゃんが嫌いなんだよね、コーラとか」

確かに、おじいちゃんのお家に行って、ジュースを出されたことはない。
麦茶の記憶がほとんどだ。

「体に悪いって信じてるからさ」

「まあ、よくはないんじゃない」

そう言ってから、あれ?と思った。凪がおじいちゃんの嫌がることをするなんて、珍しい。

すると、凪がぼそりとつぶやいた。

「なんかさ、じいちゃんとケンカしちゃった」

「え⁉」

凪がおじいちゃんとケンカするところなんて、見たことがなかった。

凪のお母さんの話になるとおじいちゃんは不機嫌になってしまうから、凪はもうおじいちゃんの前ではお母さんの話はしないし。
凪は基本的におじいちゃんのことが大好きで、尊敬してるとも言っていた。