お兄ちゃんのことを思い出さない日は、一日だってないのに。お兄ちゃんは違うの?

お父さんは腕を組んで、じっと目を閉じていた。額に深くシワが寄っていて、いろいろな感情を堪えているのがわかった。

重苦しい沈黙を破るようにお母さんが言った。

「会いたいわ……」

絞り出すようにして吐き出されたその言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。

お母さんは写真に写っている赤ちゃんの顔をそっと撫でた。

「翔にも会いたいし、翔のお嫁さんにも、華ちゃんにも会いたい。ねえ、お父さん、この子わたしたちの孫よ。会いたくないの?」

お父さんは目を閉じたまま、動かなかった。
その心の中でどんな思いが渦巻いているのか、わたしには想像もつかない。

「ねえ、お父さん、探しましょうよ。家庭を持って暮らしてるんですもの、探そうと思えば絶対に見つけられるわ」

すがりつくかのような切ない苦しい声でお母さんは訴えた。

しばらく重苦しい沈黙が続いた後、ようやくお父さんが口を開いた。

「好きにすればいい。俺には関係ない」

お父さんはそれだけ言うと、立ち上がって部屋を出ていってしまった。

「そんな……どうして」

お母さんは両手で顔を覆った。すすり泣く声が聞こえてくる。

「お母さん」

わたしはたまらない気持ちで、思わずお母さんの背中を撫でた。

「みんな勝手よ。どうして……どうしてこんなことになっちゃったの?」

その問いかけに答えることはできなかった。

いつもは気にならない、蛍光灯の無機質な明かりが、やけに悲しく思えた。

なぜ、こんなふうにこじれてしまったんだろう。どうすれば昔みたいに戻れるんだろう。

もう何年もなんとかごまかして動いていた家族の歯車が、軋(きし)んだ音をたてて壊れてしまいそうなことがわかっているのに、なにもできない自分が嫌だった。