【お母さんの具合が悪いから、今日は家にいるね】

凪にメッセージを送って、わたしは張り切って朝から働いた。

朝ご飯の片付け、洗濯物を干して、家の掃除。
夏休みの宿題も全然やっていなかったし、ちょうどいいからまとめて一気にやってしまうつもりだった。

とりあえず、あまり暑くなる前に買い出しに行こうと、お母さんが書いてくれたメモを片手にスーパーに出かけた。

「あら、くるみちゃん。おつかい? 偉いじゃない」

お肉売り場をうろうろしていると、近所のおばちゃんに声をかけられた。

「なんかちょっとお母さん具合が悪くて」

ほめられて照れながら言うと、おばちゃんの顔が急に曇った。

「あら。そういえば、この前会った時もそんなこと言ってたわね」

「え?」

「最近めまいがひどいんだって。『更年(こうねん)期(き)かしら』なんて笑ってたけど」

知らなかった。昨日だけのことじゃなかったんだ……。

「でもよかったわよ、くるみちゃんみたいな娘がいてくれるから安心よ。お母さんの話を聞いてあげて。悩んでるみたいよ」

「悩んでる?」

「お兄ちゃんのこと。心配してんのよ。いくら成人してるっていったって、子供はいつまで経っても子供なんだから」

なんだかショックだった。

おばさんと別れて、買い物を終え、わたしは重い気持ちで自転車をこいだ。

わたし、お母さんの気持ち、なにもわかってなかったんだな……。

毎日忙しく働いているし、お兄ちゃんのことでお父さんのことを怒ってるのはわかってたけど、心配していろいろ言ってくる親戚の人には『男の子なんて、そんなもんよ』って笑いとばしてるのを見たこともあった。
だけど本当はずっとお兄ちゃんのことが心に引っかかってたんだってことにやっと気づいたのだ。

家に戻ると、玄関の前に凪が立っていた。

「凪! どうしたの?」

「おじいちゃんが、おばさんの具合が悪いならこれを持っていってやれって」

凪は大きな瓶にいっぱいのマーマレードを見せてくれた。

「うちの庭になってるやつ。形が不格好で売り物にならないけど、甘いんだ。じいちゃんが夏バテにはビタミンCだからって言って、今朝は急遽マーマレード作りをしたよ」

その優しさが、涙が出そうなほどうれしかった。

「うわー、ありがと。暑かったでしょ、なにか飲んでいきなよ」

今日は凪に会えないと思っていたからうれしくて、暗くどんよりしていたわたしの気持ちが少し軽くなった。

わたしは凪を招き入れながら、ポストの郵便物を持って家の中に入っていった。