『凪にとっては、自分が生まれてくる前に存在したご先祖さまと変わらないくらいの遠い存在なんだ。でも、あれが凪のことを大切にしていたことをわたしは覚えている。だから、一日一回くらい必ず、おざなりでもいいから手を合わせてほしいんだよ』

おじいちゃんの言葉に、わたしは誰かの記憶をなくすということの悲しさをひしひしと感じていた。

幼い頃の凪は、おばあちゃんのことをとても好きだった。厳しいところのあるおじいちゃんには言えないわがままや小さな生意気を、おばあちゃんには時々ぶつけていたことを知っている。

そして、それをおばあちゃんがおおらかに受け止めていたことも。

お母さんと離れて暮らす凪の寂しさを一番理解して、包んであげていたおばあちゃん。
なのに、凪の記憶からすっぽり抜け落ちたまま、本当に永遠の別れを迎えることになってしまった。

それはおばあちゃんにとって残酷なことだと思うけれど、凪にとっても残酷なことだ。
誰かと時間をかけて積み上げたものを、一瞬で失うなんて。

「ぶっちー、凪は本当にお前のこと好きだったんだからねー」

そっけない凪に変わって、わたしはできるかぎりぶっちーに優しくしてあげていた。

凪がしていたように、ぶっちーのお腹を撫でる。
でも、ぶっちーは凪にされていた時のようには、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれない。

「やっぱりなにか違うのかなあ。ごめんね、ぶっちー」


そんなふうにぶっちーと触れ合っていたら、

「くるみ、ここにいたんだ」

と凪がやってきた。

「くるみ、猫好きだね。いっつも気にしてるもんな」

凪の言葉に、「それは、君ね」と小さくつぶやいた。

「ん?」

「なんでもない」

「野良なのに、よくなついてるね」

そう言うと凪はそばにしゃがみ込み、わたしの真似をしてぶっちーのお腹を撫でた。

すると、最初はぎこちなかったけど、凪の手がだんだん見覚えのある動きをするようになった。
ぶっちーの目もとろんとして、うれしそうだ。

「凪、もっとやってあげて」

「うん」

その時、わたしはハッとした。凪がいつものように手を裏返して、指の関節でぶっちーをこするように撫で始めたのだ。

すると、ぶっちーがゴロゴロと喉を鳴らし出した。

「なんだ?」

凪がその音に驚いた声をした。