「本当に親として凪に愛情があるなら、わたしがなにを言っても会いに来るだろう。心が凪にないのに、時間をごまかすためだけの手紙が送られてきたとしても、凪は真実を読んでしまう。そして、また大切な記憶をなくし、そのことで周りが傷つく」

おじいちゃんの顔は悲しげだった。

「大切な人に忘れられてしまうのは耐えがたいことだ」

絞り出すようにそう言うと、込み上げてくる感情を抑えるかのようにおじいちゃんは目を閉じ、深く息をついた。

「わたしはまだよかった。凪に忘れられた期間が短かったし、その後たくさんの時間を積み重ねて、祖父と孫という関係を作り直せた。でも……」

おじいちゃんの目に涙が浮かんだ。

「妻の記憶は凪にはなにも残っていない。忘れられて、なにも取り戻すこともできないまま、逝ってしまった。五年近く、あれほど凪を愛して、大事に育ててきたのに。凪はなにひとつ覚えていない……。それがどれほど残酷なことか、くるみちゃんはわかるかい?」

そう言うと、おじいちゃんはこらえきれず、目頭を押さえた。

わたしは言葉が出てこなかった。

「だから、満帆の手紙は郵便局に留めてもらうことにしたんだ。わたしが隠しておいたとしても、万が一凪に見つけられたら、凪はまたその思いまで読もうとするだろうから」

それまで黙って話を聞いていたお父さんが、「まさかそんなことがあったなんて……」と頭を下げた。

「でも、昨日の凪くんの様子にも納得がいきます。まるで、自分のことのように人の手紙に必死になっていましたから」

おじいちゃんはうなずいた。

「本当はこの話は誰にもするつもりはなかった。でも、くるみちゃんは凪にとって家族も同然だ。これからもこういうことがないとは言いきれない。だから、知っていてほしかったんだ」

「おじいちゃん……」

「くるみちゃん。もう二度と凪に手紙の思いを読ませないでほしい。なにがあっても、だ」

わたしはこくりとうなずいた。

「わかった。絶対にさせない」

「頼んだよ」

おじいちゃんはそう言って、深々と頭を下げた。