その能力が前からあったものなのか、後から身についたものなのかはわからない。母親を求める凪の強すぎる思いが、その特殊能力へと変貌したのかもしれない。とにかく、手紙の思いを読み取ることと、記憶をなくすことがセットになっていることだけは確かだった。

凪の記憶から自分の存在が抜け落ちたかもしれないと、おじいちゃんに聞かされたおばあちゃんのショックは、もちろん大きかった。でも、おばあちゃんは肝の座った人だった。
これから凪のためにどうすればいいのか、ふたりは前向きに話し合った。

午後の農作業も終え、納屋で道具の手入れをしているおじいちゃんのところにおばあちゃんがお茶を持ってやってきた。
ひと休みするおじいちゃんに、おばあちゃんはひとりで考えていたことを話しだした。

「満帆の手紙・‥・‥もう凪には見せないほうがいいんじゃないかと思うの」

おじいちゃんもまた同じことを考えていた。しかし、あれほど母親からの連絡を待っている凪から、それを取り上げていいのかどうか迷いがあったのも事実だった。

「凪の、『ママは男の人と一緒にいた』っていう言葉を鵜呑(うの)みにしたわけじゃないけど……」

おばあちゃんは言葉を注意深く選びながら言った。

「でも、やっぱり一度、東京でどんな暮らしをしてくるのか、ちゃんと見てこようと思うの」

「そうだな」

「もし凪の言う通りなのだとしたら、もう満帆とは縁を切ったほうがいいかもしれない」

その言葉におじいちゃんは驚いた。
これまでは、どんなにおじいちゃんが怒りあきれても、おばあちゃんが満帆さんをかばっていたから。

「満帆が凪のことを傷つけるようなことをするなら、わたしだって覚悟を決めなくちゃいけないわ」

その時、おじいちゃんはおばあちゃんもまた、凪の記憶から抜け落ちたと言う事実にかなり傷ついているのだということを察した。

どれほどおばあちゃんが理性的な人だったとしても、愛する孫から他人のような目で見られたことがショックなのは当たり前のことだった。