凪の目が泳いだ。その様子から、凪が嘘をついているのでも演技しているのでもなく、本当に動揺しているのがわかった。

でも、動揺しているのはおじいちゃんも同じだった。ひと晩にしてこんなふうに誰かの記憶だけすっぽり抜け落ちるなんてことがあるわけがないと、なにが起きているのかわからない状況に恐怖を感じていたのだ。

すると、おばあちゃんが着替えをしていない凪を探しに来た。

「凪、早くパジャマ脱いでちょうだい。洗濯できないでしょ」

そう言って、トレーナーだけ脱がそうとした。いつもだったら、『ちょっと待って』と笑って逃げ出す凪と捕まえようとするおばあちゃんとの間で小さな追いかけっこが起きる、朝の楽しいひとときになるはずだった。

しかし、凪は怯えた様子で一歩後ずさりすると、「自分でやります」と言って、逃げるように自分の部屋へ駆けていってしまった。

「凪…・‥?」

おばあちゃんが凪に差し出した手は、行き場をなくしたまま空を切った。

そして、凪は相変わらず他人行儀な様子のまま、学校に行ってしまったのだった。

おじいちゃんはその時、やっと思い出した。以前、手紙の思いを読んだと凪が言っていた後、凪は自分のことを忘れてしまっていたことを。

そして初めて、おじいちゃんは思い至った。
『凪は手紙に込められた思いを読むことと引き換えに、記憶をなくしているのではないか』と。