「その頃の凪に会いたいなあ」

「なんで?」

「だって、いまのわたしならお母さんの代わりに、凪を育ててあげられるじゃん」

思わずそんなことを言って、あれ? と思った。なんかわたし、いま変なことを言ってる?

凪はくっくっと笑った。

「くるみがお母さん? 無理無理。まず、自分のことをちゃんとしてください」

「あはは、やっぱり?」

そう言って笑いながらも、わたしは凪が息子だったら、絶対に手放したりしない、そばに置いて大切にするのに……なんて、本気で考えていた。

そろそろ帰ろうかと凪に言おうとして、凪を見上げたわたしは驚いた。

凪の目に涙が浮かんでいたのだ。

「凪?」

驚いたわたしの声に、凪はこぼれ落ちそうな涙を指で拭った。

「……なんか思い出しちゃったよ」

「なにを?」

「すごく幸せだったときのこと」

そう言うと、凪は込み上げてくるものを堪えるように目を閉じた。


それってお母さんと過ごした小さな頃のこと?

凪にとってはそんなに幸せな時間だったの?


もう離れて暮らして十年にもなるのに、連絡だって全然よこさないのに、思い出すと泣けてくるほど満たされた時間だったの?

じっと見つめるわたしの視線に照れたのか、凪は言った。

「帰ろっか。今日は疲れたね」

そう言って歩き出そうとした凪の後ろ姿があまりに頼りなく、寂しげに見えて、わたしは思わず凪の背中に抱きついた。