……裏切ってしまった。
大切にできなかった。
戻る勇気も持てなかった。

でも、ずっとずっと変わらずに愛していた。

それだけはわかってほしい……。


あのぎゅうぎゅうの8人部屋の病室で、それだけを思いながら手紙を書く、やせ細った男の人を思った。

愛しているよ、と口に出すことも、言葉にすることも自分には許されないと知っている。
でも、なんとかして伝えたい。
そう思ったとき、嘘の手紙を書くことしかできなかった、その気持ちがなんだか切なかった。

そして、どうしてもゆきさんにあの手紙を届けたいと一生懸命だった凪の気持ちがやっと理解できた。

「愛、か……」

「愛、だね……」

わたしの呟きに凪が応じた。
でも、わたしたちは『愛』についてそれ以上語り合うことはできなかった。
『愛』っていう言葉はわたしたちにはまだはるか遠くにある、馴染みのないものだったから……。

「凪は誰かを愛してるって思ったことある?」

思いきってわたしは尋ねた。

「ないない」

そう言って笑う凪にホッとしたような、残念なような気持ちになった。

「愛してる、はなかなかレベルが高いよね」

「高いよね。愛してるは、ないね」

わたしたちはそう言い合った。わたしは凪のことは大好きだけど、愛してると思ったことはさすがにない。

家族も……、お父さんのこともお母さんのことも好きだけど、でも今はお兄ちゃんのことなんかもあって微妙な雰囲気で……、いなくなったら困るのは確かだけど、愛してるっていうのとは違う気がする。