「一緒に住めるようになるなんて、言うほど簡単なことじゃないってわかってるから。しかも、東京で。あんななにもできない女の人がさ」

「なにもできないの? 凪のお母さん?」

「できないねー」

言葉とは裏腹に凪は微笑んでいた。愛しいものを思う人の顔だと思った。

「一緒に暮らしてる時も、よく泣いてたよ。お父さんがもうあまり帰って来なくなった時とか。離婚して、本当に母子家庭になった時も仕事が辛いとか、職場の人が意地悪だとかいってはとりあえず泣くんだ。ごはん、作ってくれるんだけど、全然おいしくなかったし」

ずいぶん困ったお母さんだなって思うけど、凪の口調はとても甘くて、まるで恋人のことでも話すかのようだった。

「だめじゃん。それじゃ」

「そうなんだよね。でも、僕にはすごい優しかったし、きれいだったから自慢だったんだ。離婚してからは本当にずっと二人きりだったからさ、早く大人になって、お母さんを守りたいって子供心にそればっかり思ってたなあ」

なんだかとどめを刺されたような気持ちになる。
お母さん相手にライバル意識を持ってもしょうがないのに。

「最近はさ、迎えにきてもらうことより、迎えに行くことを考えるんだ」

「え?」

「僕が大人になって、母さんの面倒見られればいいわけじゃん。そっちの方が早いかなって」

ショックだった。
それって、東京で暮らすってことじゃないの?

「じゃあ、この町を出てくの?」

「うーん。どうかな」

「東京に行っちゃうの?」

つい問い詰めるような口調になると、凪は困った顔になった。