「凪」

わたしが改まった態度で話しかけると、凪は少し驚いた顔になる。

「この坂を降りたところが、わたしの家なの」

「うん」

「明日、待ってるから、一緒に学校へ行こう」

そう提案すると、凪は困ったように眉尻を下げた。でもわたしは構わなかった。

「ずっとそうしてきたの、わたしたち。一緒に行って、一緒に帰るの」

「そうなんだ……」

凪が半信半疑の顔で答える。

覚えていないのだから、しょうがない。
でも、凪がわたしとのこれまでの十年間を忘れてしまっていても、ここにさえいてくれれば、また少しずつ積み重ねていくことができる。また新しいわたしたちの絆を作ることができる。

この夏、わたしは愛することを知った。愛することが苦しみを伴うことも知った。
そしてどんなに苦しくてもなお、愛し続けることのできる自分を知った。

だから、もうなにも怖くない。

凪、前よりもっと大事にするし、前よりもっと深く愛するよ。
神様がくれたこのチャンスをわたしは無駄にはしない。今までよりもっと強い絆を凪との間に作ってみせる。

「やっぱりここの夕日はキレイだな」

不意に凪がつぶやいた。
夕日を見つめる横顔は、以前のように体だけ残して心がどこかに行ってしまっているような危うさはなく、圧倒的なものに身を任せることで得られる安らぎに包まれて確かな輪郭を持っていた。