「すみません。急に走ったら危ないって思っちゃって、つい……」

「凪……」

戸惑った顔の凪を見ていたら、わたしの頭の中に今までの凪との記憶が一気に蘇(よみがえ)った。

学校の帰り、いつも凪が車道に飛び出しそうになるわたしに声をかけてくれた。
乱雑で、細かいことをあまり気にしないわたしを、いつも凪がたしなめ、気遣ってくれた。
いつもわたしが凪の前を歩き、『くるみ!』と凪に呼び止められ、世話を焼かれていた。
いつも凪に見守られ包まれていると感じていた。

凪もわたしのことを見守るべき存在だと思ってくれていたのだろう。
記憶を失った今もなお、そんなわたしが凪の中に残っている。

そう実感した途端、涙があふれた。

大事に思ってきたのは、わたしだけじゃない。
きっと凪もまた、わたしのことを心から大切にしてくれていたんだ。

「ありがと! 大丈夫だから、心配しないで!」

わたしは精一杯の笑顔でそう伝えて、凪に手を振った。

凪も小さく振り返す。

その姿を確認して、流れ落ちる涙を振り切るようにわたしは走りだした。

そして凪は東京へ行ってしまった。

この町から、わたしの隣から、凪の存在がぽっかりと消えてしまった。