ある夜、お母さんがわたしの部屋をノックした。

そっとドアを開け、心配そうな顔で現れたお母さんの手には、スムージーがあった。
ろくに食べることができなくなっているわたしに少しでも栄養を取らせようと、お母さんは工夫を凝らしてくれていた。

横になっていたわたしは、ノロノロと体を起こす。

「これくらいは全部飲まなきゃダメよ」

お母さんはそう言って、わたしにグラスを渡した。

わたしはうなずき、少しずつ少しずつ口に含む。

その様子を痛々しい顔で見ていたお母さんが、口を開いた。

「あのね、凪くんが明日東京に行くらしいの」

「え……」

わたしは思わず動きが止まった。

「学校のこととかいろいろあるから、とにかく夏休み中に一度凪くんを東京に連れていって、一緒に暮らしてみたいって、凪くんのお母さんが」

「そうなんだ……」

それ以上、なにも言えなかった。

やっぱり行ってしまうんだね、東京に。そうだよね。あんなにそれを望んでいたんだもん。

途端に体に力が入らなくなった。スムージーのグラスすら持っているのがつらくなって、飲みかけのままお母さんに返す。

「四宮のおじいちゃんが教えてくれたの。くるみの気持ちを考えると、見送りになんてきたくないかもしれないけど、やっぱり黙って行かせるわけにはいかないからって」

「うん……」

「くるみ、見送りにいかない?」

お母さんに聞かれて、わたしは首を横に振った。

「行きたくない」

「でも、もしかしたら凪くんはそのまま東京から戻ってこない可能性もあるのよ」

お母さんは真剣な目でわたしを見つめた。

「これで最後になるかもしれないのに、本当にいいの? くるみは後悔しないの?」

だって、わたしが誰かもわからない凪の見送りに行って、なんになるっていうんだろう。
また知らない人を見る目で見られて、傷つくだけだ。

そうとしか考えられなくて黙っているわたしの手を、お母さんが優しく握った。