凪の目線がこちらを向いている気配がした。

わたしは恐る恐る凪のほうに顔を向けた。

凪が無表情なままだったらどうしよう。
いかにも知らない人を見る目をしていたらどうしよう。

でも、わたしと目が合った凪は、笑顔になった。

凪、わたしのこと覚えてるの?
わたしのことを忘れていないのね?

思わずわたしも笑顔を返した。
そして、「凪!」と駆け寄ろうとしたところで、凪が口を開いた。

「母がお世話になったんですね」

その言葉に、わたしは凪の顔をまじまじと見た。
それはわたしがよく知っている笑顔ではなく、知らない人に向ける、礼儀正しいものだった。

「迷惑をかけていなきゃいいんですけど……、本当にありがとうございました」

病室が静まり返った。

泣き顔だった満帆さんがきょとんとした顔で凪を見つめ、おじいちゃんは深いため息をついた。お母さんは固まってその場から動けないようだった。

やっぱり、凪はわたしのことを忘れてしまったんだ……。

「いえ、そんな……。大したことはしてませんから!」

心の動揺を凪に知られないようにと、わたしはできるだけ明るく返事をした。

「では、お大事に」

やっとの思いでそう言うと、わたしは踵を返して病室を出た。

足早にエレベーターに向かうと、「くるみちゃん!」とおじいちゃんが追いかけてきた。

わたしは構わずにエレベーターを呼ぶボタンを押す。

「くるみちゃん、相談もしないまま、凪に手紙を読ませることになってすまない」

追いついたおじいちゃんの口から出る謝罪に、わたしは首を横に振った。

「わたしがそうしようって言ったことだから……」

「満帆が勝手に読ませてしまったんだ。わたしも知らないうちにだったとはいえ、本当に悪かった。許してほしい」

「いいの、これでよかったの。おじいちゃんは謝る必要なんてない。大丈夫だから、心配しないで」