「それでまたひとつ、凪の記憶が失われてもいいってことだね」

「お母さんのことを思い出すことより大事な記憶ってあるのかな。わたしにはそんなものないと思う」

わたしはおじいちゃんをまっすぐ見つめた。

おじいちゃんは深く重いため息をついた。

「凪が次に忘れてしまうのは、くるみちゃんのことかもしれないよ」

一瞬、頭が真っ白になった。
それからゆっくりとおじいちゃんの言葉の意味を理解し、自分の脳天気さに笑いだしたくなった。

そうだ、わたしだって忘れられてしまう可能性があるということにどうして思いが至らなかったんだろう。

「凪が忘れていくものは、凪が大切にしているものばかりだ。幼い凪にとっては、満帆に置いていかれた後、わたしと妻だけが凪の世界のすべてだっただろう。そして凪はまずわたしを忘れ、そして次に、妻を忘れた」

おじいちゃんの声はあくまでも優しかった。

「凪は多分自分にとって大切なものを、下からカウントダウンするようににして忘れてるんじゃないかな。だから、あの猫を忘れ、満帆のことを忘れた。もうあの子にとって大切なものは、ひとつしか残っていない」

おじいちゃんはわたしをまっすぐに見つめた。

「あの子にとって一番大切なのは、くるみちゃんだ」

「本当に?」

バカみたいだけれど、こんな時なのにうれしかった。

凪がわたしのことを一番大事に思ってくれているなんて、そんなふうに考えていいの?