「待って! 待ってください!」

わたしは凪を置いて、遠く離れていく満帆さんに向かって駆け出した。

突然追いかけてきたわたしを、満帆さんが驚いた顔で迎えた。

「あの、もしかしたら凪の記憶が戻るかもしれない方法がひとつだけあるんです」

満帆さんは目を見開いた。

「凪は手紙の思いを読みます。思いを読むと、他人の記憶が自分のものみたいに頭の中に浮かぶらしいんです」

わたしは考えていたことを一気に伝えた。

「だから、お母さんが凪に手紙を書いてください。凪が生まれてから今までのことや、一緒に過ごした幸せな時間のこと、離れている間、凪をどれくらい思っていたか。そういう思いを全部込めて手紙を書いてください。それを読んだら、もしかしたら凪の記憶にお母さんとの思い出がうまく上書きされるかもしれない」

「本当に? 本当にそんなことが……?」

満帆さんは半信半疑な様子でわたしを見た。

「うまくいくかはわかりません。でも、これしか方法はないと思うんです。これしか……」

わたしは必死で訴えた。


この人のことを思い出したら、凪はいなくなってしまうかもしれない。

この人はわたしと凪の絆を引き裂く人なのかもしれない。

だけど……凪にとってはそれが一番幸せなのだとしたら、わたしには選択肢は他にない。


わたしは振り向いて、凪を見た。

涙を流して、そんな自分に戸惑い、混乱している凪。

わたしは凪の元に駆け寄ると手を取り、ぎゅっと両手で包んだ。

「くるみ……」

涙で濡(ぬ)れた凪の目を見つめながら、わたしは強く強く凪の手を握りしめた。