でも凪は、『参ったなあ』という顔をしているだけだった。
今の凪にとっては、知らない女の人の身の上話を聞かされているというだけの感覚なのかもしれない。

「でも、このままじゃお母さんとして恥ずかしいって、いつまでも凪を迎えに行けないと思ったの。それで、経済的にちゃんと自立することを考えて、看護師になろうって決めたの。働きながら勉強して、試験受けて、研修やって……。気がついたらあっというまに五年が経ってた」

凪はほったらかしにされていたわけではなかった。
満帆さんは凪と一緒に暮らすために、一度すべてを捨ててがむしゃらにならなくてはいけなかっただけなのだ。

「やっとこれで堂々と凪の前に立てると思ってきたけど……遅かったわね。わたしがもう少し早く母親の自覚が持てれば、違ってたのかしらね」

最後は自分に言い聞かせているかのようだった。

少しの間、波と風の音だけになった。誰も言葉を発さずに、三人で夕日を見ていた。

わたしはそっと凪の横顔を見上げた。

以前はここで夕日を見るたびに、凪はお母さんのことを思っていた。
心だけがお母さんのところに飛んでいってしまっていた。
もしかしたら、東京で満帆さんも同じ時間に凪のことを思って、心だけは凪の元に向かっていたのかもしれない。

離れていても、別の場所で同じ時間に互いのことを思って、重なり合う時間があったのかもしれない。
だからこそ凪は、あれほどまでにお母さんを想い続けていられたのかもしれない。