一方、凪の反応はやっぱりぎこちない。「はあ」なんて気のない返事をしている。

「またしばらく来れないから、ここからの夕日を見ておこうと思って」

満帆さんは眩しそうな顔で、沈んでいく夕日を見つめた。

「この場所、好きなんですか?」

わたしがおずおずとたずねると、満帆さんは大きく微笑んだ

「わたしたちも大好きなんです。しょっちゅうここにいるんです」

わたしの言葉に満帆さんは「そうなのね」とうなずいた。

「東京だと、夕日が沈むところってあんまり見れないの。だから夕方になると、自分の頭の中でこの景色を思い浮かべてた。景色とか、音とか空気感、潮の香りを頭の中で再現して。そうすると、すごく穏やかな気持ちになれるから」

満帆さんは誰に聞かせるでもなく、話しだした。

「嫌なことがあった時とかもね、ここからの景色を思い出すの。大丈夫、なにがあってもいざとなったら帰る場所があるって思えるのよ」

その言葉に、満帆さんが過ごしてきたこの十年に思いを馳せた。

町の人はよく、凪を預けたままにして連絡もよこさない満帆さんのことを、東京で好き勝手なことして生きているとしか考えていなかった。
でも、満帆さんは満帆さんなりに東京でもがいて戦った十年だったのだろう。

初めてそんなふうに感じることができた。

「正直言うとね、凪と離れてから最初の五年間はボロボロだった。凪と離れて寂しくて、お酒ばっかり飲んでた時期もあったし、それで仕事もうまくいかなくなって自暴自棄になってね。男の人に逃げた時もあったわ。……本当に弱かった」

わたしは思わず凪を見た。お母さんのこんな話を聞いて大丈夫かな、と心配になったのだ。