「凪」
夕日を見つめる凪の瞳があまりにまっすぐで、わたしは思わず声をかけた。放っておいたら、そのままどこかに行ってしまいそうで怖かった。
「また、お母さんのこと考えてるんでしょ」
そういうと、凪は当たり前という顔でにこりと笑った。
「同じ夕日でも、東京ではこんなに綺麗には見えないだろうな」
その言葉に、わたしもまた当たり前でしょと言う顔をして見せた。
「絶対そうだよ、ここで見る夕日は最高だもの」
「そうだね。きっと、そうなんだろうね」
もう十年もこの町で暮らしていて、礼儀正しくて真面目な凪は大人たちに愛され、たくさんの人が凪の成長を楽しみに見守っている。
わたしの両親も凪のことが大好きで、なにかかと気にかけている。
この土地にも町の人にも十分なじんで、根づいているのに、それでもこの町の人間じゃない雰囲気が凪には漂っている。
ここは自分の居場所じゃない、凪はいつか戻らなくてはいけない場所があるって、頭のどこかで考えているんじゃないかな。
そう考えるとわたしは不安で心配でたまらなくなる。
いつも一緒にいる凪が、いなくなる日が来るなんてありえない。
そんな時が来たら、自分がどうなるか想像もできない。
絶対にいやだって、泣いて叫んで、どんな手を使ってでも阻止しようとする自分が想像できてしまって、怖いくらいだった。
「凪ってば」
わたしは凪の意識を無理やりこちら側に引き戻した。
「ん? なに?」
ゆっくりとわたしを見る凪の顔はいつものように穏やかで、優しい。
「もう行こう。凪が帰るとき、真っ暗になっちゃうよ」
「そうだね。おばさんも心配するな」
そう言って、凪がまた自転車を押してくれる。わたしは隣に並んで歩く。
いつまでこうしていられるだろう。
凪の優しさに甘えて、包まれて。
ずっとずっとこんな風にいられればいいのに。
沈んでいく太陽の光の中で、わたしは祈るようにそう思った。