「『無理です』って。だって、どう考えても無理だよ。ありえない」

「そっか……」

満帆さんには申し訳ないけど、安堵していた。


それでなくても、東京に憧れて町を出ていく人をたくさん見てきた。
だから、東京で暮らすという楽しそうなことを提案されても、それでもここにいることを凪が選んでくれたことがうれしかった。

「あら、デート?」

明るい声が響いて、振り返ると、そこには満帆さんが立っていた。

「先客がいると思ったら。お邪魔かしら」

満帆さんを見たら、この前のことを思い出して体がこわばった。

でも、そんなわたしに満帆さんは言った。

「この前は取り乱しちゃってごめんなさいね。あなたが悪いわけじゃないのに。あの後、父に怒られちゃったわ」

「いえ、そんな……」

「くるみちゃん、よね。凪がここで楽しく暮らしてるのはあなたのおかげだって、父が言ってた。ありがとね」

まさか満帆さんにそんなふうに言ってもらえるなんて思いもせず、驚いた。

「明日、東京に帰るわ」

満帆さんがおどけた顔で凪に言った。

「おじいちゃんに言われちゃった。急に来て一緒に暮らそうなんて、虫がよすぎるって。これからはたまに会いに来るわ。だから、とりあえずわたしがお母さんだってことは忘れないで」

明るく親しげに凪に声をかける満帆さんを見たら、やっぱり胸が痛んだ。