満帆さんはしばらく凪の家に滞在することになったと、凪から連絡が来た。

その間は、わたしは凪の家に行くのを控えることにした。
満帆さんもわたしに会いたくないだろうと思ったし、いくら記憶がなくなってしまっているとはいえ、本当に久しぶりの家族水入らずの時間を過ごしているのだ。

わたしは家でひとりの時間を過ごしながら、凪が記憶を元に戻すことができる方法はなにかないだろうかと考えていた。

わたしはぼんやりとこの夏、凪に起きた不思議な出来事を思い出していった。

郵便局で初めて手紙の思いを読んだ時、凪はその場に倒れた。
それだけ、凪の体にとっては負担がかかることなのだろう。

そして、手紙の書かれた状況や本人の思いだけでなく、手紙を書いた人の記憶までも自分の中に取り入れ、まるで自分の記憶のように話していた。それと引き替えに、凪は自分の記憶を失っている。

それって少しずつ凪が違う人になってしまうことなるんじゃないかってことに、今さらながら気づいてぞっとする。
わたしの前で凪が手紙の思いを読んだのは二回だけだけど、それでも危険なことをさせてしまったことを、後悔せずにはいられない。

……あ、でも、発想を逆転させて、凪にまつわる記憶を取り入れることができたら、凪自身の記憶として上書きされることになるんだろうか。凪の記憶を取り入れるために必要なもの……。

そこまで考えて、ハッとした。

もしかしたらできるかもしれない。
思いが強ければ成功する方法がひとつだけある。


だけど、もし凪がお母さんの記憶を取り戻したら、どうなる? 

凪は満帆さんと東京に行ってしまうんだろうか。

わたしは無性に凪に会いたくなった。
でも、やっぱり凪の家に行くのは気が引けて、【凪、今なにしてるの?】とメッセージを送ってみた。
凪はあまりスマホをいじるタイプじゃないから、気づかないかなとも思ったけど、意外とすぐに返事が来た。



【あの丘にいる】


わたしはすぐに部屋を飛び出して、自転車に飛び乗った。