「全然、実感湧かないんだけど。おかしいよな。いくら十年近く会ってないっていったって、本当ならもっといろんな感情が湧いてくるはずなのに――」

「凪、ごめんね」

凪の言葉を遮るようにして、わたしは謝った。きちんと話さなくてはいけないと思ったからだ。

「わたしのせいなの。わたしのせいで、凪はお母さんの記憶がなくなってるの」

「え?」

わたしは説明した。お兄ちゃんの奥さんから来た手紙の思いを読んでくれたことで、またひとつ抜け落ちてしまったのが、離れて暮らすお母さんの記憶だったことを。

「ごめんね、凪がお母さんを忘れてしまったこと、すぐに気づいたけど、なんか伝えそびれちゃって……」

「どうして?」

理由を聞かれても、うまく答えられなかった。

凪がお母さんのことを忘れてしまっても、ここでの生活に支障はきたさないから。
おじいちゃんが忘れていいことだと言ってくれたから。
お母さんの記憶をなくした凪が、未来のことを自由に考えるようになったから。
将来の夢をたくさん話してくれるようになったから。そしてそこにわたしも一緒にいていいと言ってくれたことが、本当にうれしかったから。

でも、そのどれもわたしに都合のいい勝手な理由だった。

「ごめんなさい……」

どうしようもなくてわたしが再び謝ると、凪は首を横に振った。

「あの手紙の思いを読ませろってゴリ押ししたのは僕だし。別にくるみのせいじゃない。くるみは悪くなんかない」

凪はぶっちーを撫でながら、力強い声で言うと笑いかけてくれた。

でも、いくら凪がそう言ってくれたところで、わたしの罪悪感は減らない。

本当なら、夕日が水平線に沈んでいくところが見えるあの丘で、満帆さんと凪は感動的な再会を果たすはずだった。