「どうして戻ってきた」

仏壇に手を合わせている満帆さんの背中に、おじいちゃんが低い声でたずねた。

満帆さんは正座したままおじいちゃんの方にくるりと振り向き、まっすぐ見つめて言った。

「凪を迎えに来たの。やっと一緒に暮らせるようになったから」

その言葉に、わたしの隣にいる凪が小さく息をのみ、心から驚いているのがわかった。

「十年近くほうっておいて、そんな勝手なことができると思ってるのか?」

おじいちゃんの声に怒りがにじむ。

「ほうっておいたわけじゃないわ。凪と暮らせる環境を整えるために、わたしも必死でやってきたの」

「それでも、電話の一本もよこさないで……いきなり来て一緒に暮らしたいだなんて」

「もちろん、凪の意思を尊重します。無理に連れて帰ろうなんて考えてない。凪とちゃんと話そうと思ってきたの」

おじいちゃんは頭を振りながら、吐き出すように言った。

「遅すぎるだろう……」

おじいちゃんの言葉にも満帆さんは動じなかった。
なにを言われても簡単には引き下がらないと決めてきたんだろうなという覚悟が感じられた。

「凪ときちんと話をさせてください」

その言葉に、隣にいる凪が体を硬くした。

「ちょっと待て、今は無理だ」

おじいちゃんの声に焦りの色が帯びた。

「どうして?」

満帆さんの声が硬く尖(とが)る。

「凪と話す前に、理解してもらわなきゃいけないことがある」

途端にわたしは苦しくなった。思わず胸を抑えると、凪が心配そうに聞いてきた。

「くるみ? どうした? 大丈夫?」

「大丈夫、ちょっとドキドキしてるだけ……」

その時、おじいちゃんが廊下に顔を出した。

「ふたりとも、しばらくの間、外に出ていてくれないか」

そしてわたしたちの返事も待たずに、再び部屋の中に戻った。

「行こう」

わたしは凪を促した。

凪は中の様子が気になってしょうがないようだったけれど、仕方なくわたしの後をついてきた。