その人の背後を通る時にいい香りがして、思わず振り向く。
そして気づいた。
髪をゆるく束ねてあらわになっている首筋に、星型のアザがあることに。

わたしは足を止めた。

その人はショルダーバッグを肩にかけ、足元には大きなボストンバッグが置かれていた。

どこかからこの町にやってきたと思われるその姿に、心臓の鼓動がドキドキと音を立て始める。

もしかして、この人……。

「くるみ? どうした?」

わたしは訴えるように凪を見つめた。

「凪……」

『自分の人生が激動だから』と、穏やかな人生になるように願ってつけられたというその名前を呼ぶことだけが、手がかりだった。

「待って、凪……」

でもそれ以上、なにを言えばいいのかわからなかった。

すると、女の人が振り向いた。

「凪?」

そう言うと、サングラスを外した。

その顔に見覚えがあった。
小学校の入学式の時噂になった、垢(あか)抜けたキレイなお母さん。
重ねてきた年月が、相応にその顔に刻み込まれてはいたけれど、でも昔と変わらず満帆さんはキレイだった。

信じられないという顔で、満帆さんは凪を見つめた。

「本当に凪なの?」

満帆さんの声は震えていた。
凪の顔がよく見えるところまで近づいてくる。
そして凪の真正面に立つと、凪を見上げた。

「本当だ……、凪だ。こんなに大きくなっちゃって、嘘みたい」

満帆さんが泣き笑いの顔になった。

でも、そんな満帆さんとは裏腹に、凪は戸惑っていた。

「あの……?」

「やだ、わからない? お母さん、そんなに変わった? そこまで老け込んだつもりはないけど」

「お母さん?」

凪が聞き返した。

その言葉に、満帆さんの目から涙がこぼれた。
同時に、彼女は凪を抱きしめていた。

「ごめんね、凪、遅くなって。やっと、やっと迎えに来たよ」

満帆さんは凪を抱きしめる腕に力を込めた。

でも、凪は戸惑った表情のままで、その両手は行き場なくだらんと降ろされたままだった。
そして、困った顔でわたしを見た。