「わたし、まさか凪がお母さんのことを忘れてしまうなんて、思ってもいなくて……。だって、凪がずっとお母さんのことを大事に思ってるの、よく知ってたから。こんなふうにすっぽり記憶から抜け落ちるなんて、信じられなくて……」

話しているうちに、涙が出てきた。

「本当にごめんなさい……」

おじいちゃんと約束したのに、わたしがそれを守らなかったから、こんなことになってしまった。

「そうか……凪は満帆のことをもう覚えていないのか」

その言葉だけではおじいちゃんがどう思っているのか、怒っているのか悲しんでいるのか、わからなかった。
怒鳴られてもしょうがないことをしたのだと、わたしは体を硬くしておじいちゃんの言葉を待っていた。

「大丈夫だよ、くるみちゃん」

思いがけない言葉に驚いて、わたしはおじいちゃんを見上げた。

「え?」

「凪にとっては、これでよかったんだ」

おじいちゃんは穏やかな瞳でわたしを見た。

「わたしはなんだかあの日以来、凪が明るくなったなあと思っていたんだよ」

わたしはうなずいた。おじいちゃんの言おうとしていることがなんとなく予測できた。

「凪は優しいいい子だ。でも、いつもどこかに影があった。それは自分が置いていかれた子だからだ。自分を置いていった母親のことがいつも頭にどこかにあって、あの子の心に影を落としてた」

おじいちゃんもやっぱり気づいていたんだな、と思った。
どんなに楽しい時を一緒に過ごしていても、時々心がどこかに行ってしまう凪のことを。

凪の中でお母さんの存在が大きすぎて、言葉にしなくても凪がお母さんを求めていることがわかってしまう。
でも、凪の心の影をどうにかしてあげることは、満帆さん以外、誰にもできないから、もどかしいし悔しい。
おじいちゃんもわたしと同じような気持ちになったことが何度もあったんだろう。

「自分の娘だけれど、満帆のことは随分昔にあきらめてるんだ。わがままで堪え性がなくて、なんでも自分の思い通りにならないと気が済まない」

満帆さんのことについて話すおじいちゃんの顔は怖かった。
怒りとあきらめがごちゃ混ぜになっているのが見て取れる。
いや、そこに悲しさや寂しさも混ざっているんだろう。