そうなの? 以前は自分から、お母さんを迎えに行こうかと思ってるなんて言ってたのに……。

「凪の母ちゃんはどうしてるの? あれから連絡来てんの?」

「母ちゃん?」

凪の手が止まった。キョトンとした顔をしている。

「そう」

「誰のですか?」

「だから、凪の」

その言葉に、凪がキョトンとした顔になった。

わたしは胸騒ぎを感じながら隣にいる凪の横顔を見つめた。

この表情、なにを言われているのか全然わからずに、でも当たり前のように話を振られて、なんのことなのか考えてる感じだ……。

背筋にぞわぞわと冷たいものが広がっていく。

その時、グラスががしゃんと倒れる音がして、「華!」「あらあら大変!」と、お母さんと玲美さんのあわてる声がした。

見ると、華ちゃんの目の前にあったグラスが倒れて、りんごジュースがテーブルに広がっている。

「うわ。すみません、おしぼりください!」

お兄ちゃんが急いで店員さんを呼び、凪との会話はプツリと切れた。

凪はうちの家族が華ちゃんを中心に騒いでいる様子を見て微笑むと、また焼肉を食べ始めた。

でも、わたしは凪から目を離すことができなかった。

玲美さんからの手紙の思いを読んで、今回凪が失くしてしまった記憶。
もしかして、凪、お母さんのことを忘れてしまったの?

突然、味がしなくなった焼肉を噛みながら、わたしは不安な気持ちでいっぱいになっていた。