わたしみたいにどうしていいかわからないから手を出さないんじゃなくて、玲美さんに対して遠慮があるのかもしれない。
そして、お兄ちゃんに対するわだかまりが解けないうちは、華ちゃんを抱っこすることができないんだろう。

わたしはテーブルの上を片づけている玲美さんを盗み見た。

化粧っ気のない玲美さんの顔は落ち着いていて、お兄ちゃんより年上に見えた。
高校時代にお兄ちゃんが付き合っていた歴代の彼女は同級生か後輩で、きゃぴきゃぴした子が多かったから、こんな大人の女の人を選んだことが意外だった。

じっと見つめるわたしの視線に気づいて、玲美さんは申し訳なさそうに言った。

「驚きますよね、翔さんの相手がわたしみたいなおばさんだなんて」

「いや、おばさんだなんて、全然そんな……」

わたしははあわてて首を振った。

「いえ、実際におばさんなんです。今年三十ですから」

そう言う玲美さんは、やっとわたしたちの前に腰を下ろした。

わたしもお母さんもあわてて座り直す。凪はわたしたちの後ろに控えていた。

玲美さんはまず、アパートに来てからまだ一度も口を開いていないお父さんに向かって頭を下げた。

「籍を入れたというのに、なんのご挨拶もできずに本当に申し訳ありません。なのに、わざわざ探してくださってありがとうございます」

「とんでもないです」

お父さんが口を開こうとしないので、わたしが言葉を返した。

「わたしたちも、お兄ちゃんがどうしているのか心配していたので。手紙をもらってありがたかったです」

「でも、驚かれましたよね。結婚しているとか」

「まあ、それは……」

すると、外階段を登ってくる足音が聞こえた。

「あ、翔ちゃんです」

玲美さんの声と同時に、ドアが開いた。

「ただいま……なに? なんで?」

お兄ちゃんは狭いダイニングにぎゅうぎゅうに座るわたしたちに気づいて、ぎょっとしながら一歩後ずさった。

わたしの記憶の中のお兄ちゃんは、十八歳のままだった。
どちらかというとチャラいタイプで、一年中海焼けしていた。
でも五年ぶりに会うお兄ちゃんは、ぐっと精悍(せいかん)な顔つきになっていた。
肌の色は白くなり、少し痩せたように見える。

「お兄ちゃん!」

わたしは思わず声を上げた。お母さんも隣で「翔……」と小さく呼びかける。

でも、小さなパニックに襲われているお兄ちゃんには聞こえないようだった。

「なんでここに?」

「翔ちゃん、落ち着いて」

玲美さんがあわてて声をかけた。

わたしは玲美さんが送ってくれたピンクの手紙を見せた。