玲美さんはわたしたちを、お兄ちゃんと暮らすアパートに案内してくれた。
かなり古い外観の、二階建てのひなびたアパートだった。玄関を入ってすぐに六畳ほどのダイニングキッチンがあり、そのさらに奥に同じくらいの広さの部屋が見える。
このスペースに、親子三人で暮らしているんだと少し驚いた。
奥の部屋には、ペットボトルにビーズを入れた手作りらしいおもちゃが転がっていた。
子供のものが散らかってはいるものの、その乱雑さは不快なものではなくて、どちらかというと甘やかで幸せな空気が漂っていた。
よく磨かれたシンクや、清潔なタオル、そして飾られた写真には季節の行事を楽しむ三人の笑顔があふれていて、慎ましいながらもきちんとした暮らしぶりがかいま見えた。
「狭いですけど、どうぞ」と言われ、黙って靴を脱ぐ。
凪は『外で待ってる』と遠慮していたのだけど、どうしても一緒にいてほしくて無理を言って中に入ってもらった。
わたしたちは奥の部屋に通され、小さなテーブルを囲んで座った。
「翔さんももうすぐ帰ってきますから」
玲美さんはテーブルのそばに置かれたベビーベッドに華ちゃんを寝かせると、すぐに台所に戻り、バタバタと食器棚からグラスを出した。
「お気遣いはけっこうですから、玲美さん、座ってください」
わたしがそう言っても、玲美さんは落ち着かないようだった。
「そういうわけには……あ、お茶菓子とか、うち、あまり買い置きがなくて、すみません」
玲美さんはじっとしていられない様子で、ウロウロと動き回る。
無理もない。一度も会ったことのない夫の家族が、突然会いに来たのだから。
それでも、玲美さんが出してくれた麦茶はきりりと冷えていたし、作り置きだという手作りのゼリーもプルプルとしておいしかった。
わたしとお母さんはベビーベッドでご機嫌にしている華ちゃんをのぞき込んだ。
柔らかそうなほっぺ、小さな手、濁りのない瞳……。
わたしは赤ちゃんを初めて間近で見たので、どう接していいかわからなくて、手を出せずにいた。
「かわいいね」
いつの間にかわたしの背後からベビーベッドをのぞいていた凪が小さな声で言った。
「ね、かわいいね」
「僕、赤ちゃん見るの初めてかもしれない」
「わたしもー。なんかちょっとドキドキしちゃうよね」
そう囁(ささや)き合うわたしたちの隣で、お母さんはじっと華ちゃんを見つめていた。お母さんも華ちゃんに手を伸ばさなかった。