「人が自分の意思を介入させまいとするのは、自信がないときです」

「あっ…」


つい先ほどの自分を振り返って、まさにそのとおりだと思った。私なんかがなにを思っても、久人さんの決断は変わらない。そう思っていた。


「彼がなにかを抱えているのは、長年見ていればわかります。でもそれがなんであるのか、聞いたことはありません。僕は完全なる部外者ですから」


いつの間にか、彼は姿勢を正し、まっすぐこちらに視線を向けていた。


「桃子さん」

「はい」

「あなたなら、彼の底にある"不安"に、近づけるのではないかと思っています。僕も樹生さんも、それを願っている」

「はい…」

「"取り除く"でも"寄り添う"でもいい。あなたにできる方法で、あの人を支えてあげてください」


祈るような声の調子で、次原さんが、軽く目を伏せる。


「お願いします」


はい、とはっきり答えたつもりだったのだけれど。

自分の口から出たのは、震えてかすれた、小さな返事だけだった。




その夜、私は夕食の支度を済ませ、久人さんの帰りを待っていた。

ダイニングテーブルに腰かけ、じっと考え込んだ。

なにか理由を見つけて、お義父さまたちに会えないだろうか。できたら、久人さんのいない場で。

こそこそしたくはない。久人さんに対してなにか隠し事をしていると思われたくない。お義父さまたちとお話しをしたい、と正直に言えば、久人さんはセッティングをしてくれるだろう。

久人さん抜きで、とお願いしても、気を悪くすることもなく、私だけにしてくれるはず。

帰ってきたら、その相談をしようと思ったのだけれど、彼は帰ってこなかった。