内容のわりにあっけらかんとした口調で、久人さんは語る。「すごくおぼえてるのはねえ」と彼が、あいているほうの手で上を指さした。


「ベッドの上の、天井のクロスが少しだけめくれてる景色。だんだんめくれが広がっていくんじゃないかって、俺はなんでか、すごく心配してた」

「わかる気がします」

「だから毎日見てたんだけど、案外なにも進行しなくて、結局最後まで、ちょっとめくれたままだったと思う。そういうつまらないことしかおぼえてないなあ」

「お義父さまたちと出会ったときのことは?」

「おぼえてる」


久人さんは、自分の手の上で、私の手をぽんぽんと弾ませる。無意識の仕草らしく、視線はどこか、前方にぼんやり据えられたままだ。


「あるとき、『私たちと仲よくなりましょう』って感じで施設に来て、そこから一年間くらい、誕生日プレゼントをくれたり、月に何度か買い物とか、動物園とか、水族館なんかにつれてってくれたりした」

「それは…親子として、ですか?」

「そこまではっきりは言われない。こっちはうすうす気づくけど。そういうものなんだよ、お試し期間があって、うまくやっていけそうなら引き取られる」


背もたれに体重を預けていた久人さんが、前屈みになり、私の手を両手で挟んだ。その手を口元に持っていき、祈るような仕草をする。


「実は俺、その前にもひと組の夫婦と、そういう期間を過ごしたことがあったんだよね。でも半年くらいで会いに来なくなって、ああ俺は、"不合格"だったんだなって、子供心に思った」

「久人さん…」

「だから父さんたちと会うようになったときも、まただれかが俺を見定めに来たんだなって思ってたんだけど、彼らはね、ちょっと、違って…」


彼はそこで、なにかに思いを馳せるように黙り込んでしまった。なかなか話し出さないので、心配になって「久人さん」と肩をそっと揺すってみる。

「あ、ごめん」と言うものの、久人さんはどこかぼんやりした様子のまま、再びしゃべり出した。


「あるとき父さんが言ったんだ。『聡明なきみは、なぜ私たちがきみを欲しがるのかを知りたいだろうし、知る権利があることを承知してもいるだろう』。それから、一人息子を幼い頃に亡くして、後継ぎを探していると教えてくれた」

「…ショックでした?」