一度、まったく脈絡のない資格を山のように取得している方がいて、それはそれでいいのだろうけれど、なにに使うのかな、と首をひねったことがある。

十分ほど歩いたところで、お店についた。まさに今、藍染ののれんをかけようと出てきた店主らしきおじさまが、久人さんを見て笑顔になる。


「これは高塚さま、ようこそいらっしゃいました」

「カウンター空いてる?」

「もちろんですとも」


言いながらのれんを再び引っ込めようとしたのを、久人さんが手で制した。


「気にせず開けておいて。気楽な相手だし」


店主さんは控えめに私のほうを見て、「恐れ入ります」と頭を下げ、のれんを入り口に掲出した。

中は歴史を感じさせつつ清潔な造りで、カウンターとテーブル席の奥に、小ぢんまりとしたお座敷の席もある。私たちはカウンターの正面に案内された。


「アレルギーとか、食べられないものは?」

「ありません。久人さんは?」

「嫌いなものはいくつかあるよ。わざわざ言わないから、おいおい覚えて」


その不遜な言い方に呆れたのがばれたのか、彼がこちらをちらっと見て笑う。


「その目つきは、品定めの目つき?」

「そのお言葉、そっくりお返しします」

「けっこう気が強いんだ」

「無礼な方には、それなりの振る舞いをさせていただくだけです」


くくっと喉で笑う。完全に人をバカにしている。

私の五年上で、三十歳だったはず。三十代の男の人って、もっと寛容で、懐が深いものなんじゃないの? こんな子供っぽくていいの?


「そっちだって釣書スカスカだったじゃない、売り込む気ないの見えてたよ」

「私は実際、書くことがなかったので」

「御園のお嬢様でしょ? 華道とか茶道とか、なにかしら免状くらい持ってるだろうに」

「好きでやっていたわけじゃないので」

「じゃあ好きでやってたことってなに」

「………」