『うわ、あの人左57kgだって。やばくない?殴られたら死ぬ』
故原くんの左の握力が先生の口から落ちたのとほぼ同時に夏子の顔が歪む。殴られた所でも想像したのか。
「勝部先輩なんて68kgだからね」
『そりゃそうよ。ゴリラだもの』
「ゴリラじゃない!」
夏子をじとーと見ていれば、きゃあきゃあと女の子達がなんとも可愛らしい声を体育館に響かせた。
その矛先は無論、
『はい次、青井。右手からな』
顔だけ野郎である。
アオは死んだ魚の目のまま、そっと握力計を右手で持つと目を閉じて、ぐっと身体に力を込めた。その時間およそ2秒。
『・・・はいセンセー終わりやした』
『は?もう終わりか?…いや、青井。これは手抜き過ぎだぞ。もう少しちゃんとやれ』
『いやあの、』
『お前ソフトボール投げは凄かったもんなあ』
アオが差し出した握力計を見て、教師はけらけら笑いながらアオに告げる。それに周りは首を傾げることしかできない。
アオは心底嫌そうな顔をして溜息を零すと、もう1度だらんと右手を垂らして握力計をちらりと一瞥し、グッと力を込めた。その顔に眉間が寄ったのはやはり2秒。
『・・・せんせー、もう無理っす』
『いやいやいや、青井これ、本気か?』
2人の間にひょこ、と故原くんが割り込んでアオが教師に差し出す握力計を見て、きょとんとした後に、思いっきり吹き出した。