そんなある日、いつになく急いだ様子で図書室に駆け込んできた二宮先生に、いきなり声をかけられた。
「読書中にごめんなさいね。この本、どこにあるか、知らない?」
見れば、図書係は他の生徒に対応中。校医は腕の時計を気にしている。今日は時間がないのだろう。
私は立ち上がりながら、メモを覗き込んだ。【オルフォイスヘのソネット】と、整った文字で書かれている。
「ああ、リルケの詩集なら、こっちです」
「あ。それ、詩集なんだ」
案内する私の背後から、感心したように笑う気配を感じた。
「先生が読まれるんじゃないんですか?」
すかさず、聞いた。誰が読むのかを知っていながら。
「それ、入院中の息子のリクエストなのよ」
「そうなんですか」といかにも知らなかったような顔で答え、私はメモにあった詩集を棚から抜いて手渡した。
「これです」
「ありがとう。助かったわ」
相当忙しいのか、素っ気なく背を向ける二宮先生を、思わず「あの」と呼び止めてしまった。
「あの……。私、いつも昼休みと放課後はここにいるので、もしよかったら、メモをお預かりして、放課後までに用意しときましょうか?」
言ってから、ちょっと唐突すぎたかな、とドギマギした。
親切心からというよりは、自分より不幸そうなクラスメイトが最近はどんな本を読みたがっているのかに興味があった。その申し出には後ろめたさがあり、不審に思われたかな、と緊張する。