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いつもより早く登校して、誰にも見られないように校門の桜の木の裏に回る。
樹齢五十年を越えるという、大きくて立派な桜の木。
視線を巡らせると、彼からの手紙にあったとおり、幹にひびが入って割れている部分があった。
どきどきしながら鞄から封筒をとりだす。
淡いピンク地に桜の花びらが描かれた封筒。
中には、同じ色柄の便箋に書かれた手紙が入っている。
ゆうべ、家に帰ってから、頭を悩ませながら二時間以上もかけて書いた手紙だ。
『君に一目惚れしました』で始まる彼からの手紙への返事。
『こんにちは。お手紙ありがとうございました。
とても嬉しかったです。
同封されていた桜の花びら、すごく素敵でした。
押し花しおりにして、大切にします。
私でよければ、文通させてください』
手が震えていた。
だって、あれは、私へのラブレターじゃない。
もらった吉岡さんが『捨てといて』と言ったのだから、本当は捨てなきゃいけない。
でも、どうしても、捨てられなかった。
あんまり素敵な手紙だから。
綺麗な字で丁寧に書かれた、優しさと誠実さに溢れた手紙だから。
返事もせずに捨ててしまうなんて、できなかった。
だから、彼からの手紙を机の奥に大切にしまって、返事を書いたのだ。