「ねえ遥、聞いてよ。あたしの後ろ遠子なんだけど! ほんと最悪。マジ気分下がるって、ないわー」

香奈が遠子に聞こえそうな音量でわたしに話しかけてくる。いや、わざと彼女に聞かせているのか。

自分に嘘をつけない香奈は、好きな人には気さくだけれど、一度嫌いだと認定すると、どうしても受け入れられなくて拒否感をあらわにしてしまう。

わたしは、遠子のことが気になって頷くことも首を振ることもできずに、曖昧な愛想笑いを浮かべたまま意味もなくペンケースを開いたり閉じたりした。

「……ごめん。なるべく気に障らないようにするから」

ぽつりと言う声が聞こえて、わたしは顔を上げた。横目で確認すると、遠子がうつむいたまま香奈に「ごめんね」と繰り返している。髪に隠れて表情は見えない。

絞り出したような遠子の言葉にも、香奈は苛々したように顔を歪める。

「無理無理。裏切り者のあんたがそこに存在してるだけで気に障る」

「……ごめん」

「ハミられてたあんたのこと、可哀想に思って遥が助けてあげたんじゃん。遥はあんたの恩人でしょ? なのに遥の好きな人横取りするとか、大人しそうな顔しといて、マジでいい根性してるよね。そんなやつが後ろにいるだけで空気悪い」

「……ごめんなさい。なるべく離れるから……」

香奈の声がけっこう大きかったので、二人の殺伐としたやりとりがみんなに聞かれてしまっているんじゃないか、とはらはらする。でも、みんな新しい席に興奮して大声でしゃべったり笑い合ったりしているので、教室の端っこの席にいるわたしたち以外には、遠子と香奈の声は聞こえていなさそうだった。