そんな物思いにふけってまともに前を見ずにふらふら歩いていたせいか、いつの間にか香奈たちとだいぶ離れていた。そして気がついたときには、向こうから歩いてきた女子とすれ違いざまに軽くぶつかってしまった。

ごめんなさい、と頭を下げると、相手もごめんねと謝ってくれた。そして、また前に向き直って歩き始めたときだった。

「落としたよ」

後ろからそう聞こえてきた瞬間、誰の声だかすぐに分かって、どきっと心臓が跳ねた。

ぱっと振り向くと、予想通り彼方くんが真後ろに立っていた。

「あ……っ、え……?」

驚いて何も言えずにいると、彼は少し微笑んで「はい」と何かを差し出してきた。

「これ、さっき落としたよ」

ぼんやりしたまま受け取ると、手のひらにのせられたのはハンカチだった。さっきぶつかったときに落としてしまったらしい。

彼方くんがわたしの落とし物に気づいて、わざわざ拾って届けてくれた。そう思うだけで喜びが込み上げてきて、胸の音がどんどん激しくなる。

「あっ、ありがとう!」

思わず声が大きくなってしまった。好きな人に落とし物を拾ってもらっただけで、こんなに嬉しいなんて。

「これ、すごくお気に入りのハンカチなの。よかった、拾ってもらえて……」

「そうだったんだ、それはよかった」

「本当にありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

彼方くんはにっこり笑ってくれた。その笑顔に勇気づけられて、わたしは自分でも思いも寄らないことを口走っていた。

「お礼っ!」

彼方くんが目を丸くしてわたしを見下ろす。わたしは焦りながら口早に続けた。

「お礼、何かしたいな……あの、本当に助かったから……」