「テスト、嫌じゃないの?」

そう訊ねてみると、天音は少し首を傾げてから、

『嫌ではないかな』

と書いた。わたしは目を丸くして彼を見つめる。

「てことは、勉強、好きなんだ。すごいねえ、さすが」

有名進学校に合格するような人は、きっとみんな勉強が好きで、ちっとも苦にならないんだろうな、と感嘆した。

でも、天音の表情は、わたしの言葉でかすかに曇った。それから、少しペンを持つ指先ぐっと力を込めて、もう一度何かを書く。

『別に好きでも嫌いでもない』

硬い表情と言葉に、わたしは思わず動きを止めた。そこにはいつもの彼の優しい眼差しと穏やかな文字はなかった。

『他にやることがないから、やってるだけ』

天音らしくない、どこか投げやりな表現だ。彼はいつも、何について話す時でも肯定的で、何ものでも受け入れるような言い方をするのに。

それきり手を止めた天音は、なんの温度もない無感情な目で窓の外をぼんやりと見つめた。

やっぱり学校の話はしないほうがよかったな、と反省したわたしは、思いつきで話題を変えた。

暗くなってしまった天音の顔を明るくしたくて、必死になって話しているうちに、視界の隅にピアノの姿が入ってきた。

こうやってこの店で会うようになって以来、わたしも天音も、まだあれを弾くことはできていない。わたしたちにとって、触れてはいけないタブーのような存在。

垂れ込めかけた雲を振り払うようにして、わたしは天音に目を向けた。わたしを癒してくれるこの貴重な時間には、心を暗くさせるものなんて見ないで、全てを忘れて目の前の天音だけに意識を集中したかった。