「お母さんはね、あなたにはお父さんみたいなつまらない人生は送ってほしくないの。あなたのためを思って言ってるのよ、分かるでしょ?」

嘘ばっかり。わたしのためじゃなくて、自分のためでしょ。娘が自分の理想通りに生きてくれたら自分が満足できるってだけ。

きっとこんなことを言い返したら、お母さんは烈火のごとく怒るだろう。だから、全て呑み込む。

「なんなの、その目は。本当に、親の心子知らずよね。お母さんがどれだけあなたのこと……」

それでも、無理やり飲み下した思いが、喉の奥から溢れそうになって、ぐっと唇を噛んだ。もうこれ以上ここにはいたくなくて、永遠に続きそうなお説教の隙間に小さく呟く。

「……疲れてるから、もう部屋行くね」

止められる前に、わたしは踵を返した。

「こら、遥! 最後まで聞きなさい!!」

お母さんの突き刺さるような声を背中で聞きながら、逃げるように自分の部屋に戻った。

ドアを閉めると同時に、背中をドアにくっつけてずるずると床に座り込む。ふうっとため息が洩れた。

しばらく膝を抱えて顔を埋めていたら、ふいにポケットの中でスマホが震えた。見ると、天音からのメッセージが入っていた。

『今日はありがとう。明日からよろしくね』

その言葉を見た瞬間、心に立ち込めていた靄が晴れたような気がした。

憂鬱なことばかりだけれど、わたしには天音との約束がある。明日からわたしは、放課後に誰も知らない特別な秘密の時間を過ごすことになるんだ。

そう思うだけで、わたしの気持ちを暗くしていたものが薄れていく。

わたしは急いで彼に返信してから、スマホを抱きしめた。平凡でつまらない毎日が変わるかもしれない、という予感と期待に心が震えていた。