自分で言っておいて、それなら何が話したいのかと訊かれると、何も思いつかない。

学校のことも家のことも進路のことも話したくないし話せない。だからと言って、趣味も特技も何もないわたしには、それ以外に話せることが何かあるかというと、なんにもないのだ。

なんて空っぽで薄っぺらなわたし。

うつむいてはあっとため息をつくと、さらさらと紙を走るペンの音が聞こえてきた。

それから、ペンの後ろでこつこつとテーブルをたたきながら、天音がノートをわたしに見せる。

『その日の空の色、雲の形、風のかおり、道で見つけた花の名前、どこかの家の晩ごはんのにおい、帰り道で見かけた野良猫の模様、新しく発見した道、おいしかった食べ物、どこかで出会った綺麗な景色』

ずらりと並べられた言葉たち。なんのことだろう、とわたしが目を丸くして見ると、彼はふっと目を細めてこちらを見てから続けた。

『家と学校以外のことでも、話すことはたくさんある』

意表を突かれて、わたしは言葉もなく天音を見つめ返す。

『その日に感じたことを、話せばいいんじゃないかな』

書き終えて顔を上げた彼に向かって、わたしはこくこくと大きく頷いた。

「そうだ、そうだね、うん……そうだよね」

彼の言葉から感じたことを、上手く表現できなくて、ばかみたいに繰り返した。

それからわたしたちはお互いの連絡先を交換して、これからのことを話し合った。

「じゃ、放課後どっちも予定がないときは、四時半に待ち合わせて、その日に感じたことを話す、ってことでいい?」

分かった、というように天音が頷いた。