その時、壁の柱時計から鐘の音が鳴り響いてきた。

「あ、もう九時か……」

呟いてから、気がつく。

天音の家は、こんな時間まで帰らなくても怒られないのだろうか。

何も考えずに呼び止めて引き留めてしまったけれど、大丈夫だったんだろうか。

不安に思って訊ねてみると、天音はにっこりと笑って首を横に振った。

『それは大丈夫、気にしないで。親は共働きで帰りが遅いし』

そう書いてから、少し手を止めて何か考え込むような表情をしてから、さらに続ける。

『早く帰っても、やることないし』

小さな文字で書かれたその言葉を見て、なんとなく気づいてしまった。

理由は分からないけれど、天音もわたしと同じように、家にいても居心地が悪いのかもしれない。だから、なるべく遅く帰りたいのかもしれない。

そう思った瞬間、わたしは思わず口を開いた。

「ねえ、もしよかったら……」

天音が目を上げて、小さく首を傾げる。

「あの……」

今から自分が言おうとしていることを意識して、急に心拍数が上がったのを感じた。でも、勇気を振り絞って口に出す。

「……連絡先、教えてくれない?」

心臓が口から飛び出しそうだった。

だって、男の子に対してこんな大胆なこと、今まで一度も言ったことがない。

彼方くんの連絡先を教えてもらったときも、結局自分からは口に出せなくて、香奈がさりげなく流れを作ってくれてなんとか訊けたのだ。

でも、今は、いつもわたしのサポートをしてくれる香奈も菜々美も、ここにはいない。天音の連絡先を知りたければ、彼ともう一度会いたければ、自分で訊ねるしかない。