わたしの言葉に、天音はくすりと吐息をもらして、ペンを走らせる。

『ほんとに? また号泣しない?』

からかうような笑みに、わたしは彼をむっと睨みつける。

「ほんとに。わたしそんな泣き虫じゃないもん」

『そうかなあ?』

「そうだよ」

『あんなにぼろぼろ泣いてたのに?』

天音はおかしそうに唇の端を上げて笑いながら、わたしの顔色を窺うように見ている。

「いや、あの時は……」

反論しようとして、そこで言葉が止まった。

唐突に、彼方くんと遠子が並んで歩く姿や、お母さんからの連絡を切ってしまったことを思い出して、途端に気持ちが暗くなってしまったのど。

この店を久しぶりに見つけて、天音と再会できて、彼のピアノを聞いて、色々なことが一気に起こったからすっかり忘れていたけれど、今わたしが抱えている問題は、何一つ解決なんかしていない。

目の前の新鮮な出来事に心を奪われて薄れていたどうしようもない感情が、また胸の奥から湧き上がってくる。

今から家に帰って、お母さんに言い訳をして、朝になったらまた学校に行かなきゃいけない。考えただけで気が重い。

家にいたくない。学校にも行きたくない。

無意識のうちに、大きなため息をついていた。

天音が真顔になって、まっすぐな眼差しをこちらへ向けているのを感じる。

「……ごめん。なんか、疲れちゃって」

そう適当にごまかしたけれど、天音は表情を変えなかった。