うつむいて、すっかり溶けてしまったクリームソーダのアイスを見つめていると、天音の指先がとんとん、とテーブルをたたいた。

目を上げると、また彼がノートに何かを書いている。

『他と比べる必要ないよ』

さっきと違って、綺麗に整った力強い字だった。

『人と比べて上手いとか下手とか、考えなくていいと思う。ピアノが好きなら、好きなだけ弾いていい』

それを見た瞬間、そうだ、そうだった、と霧が晴れたような気持ちになった。

最初はピアノを弾くのが好きだった。

近所のお姉さんがピアノの練習をしているのを聞くのが好きで、自分も弾いてみたくて、習いたいとお母さんにお願いしたのだ。

初めて教室に連れていってもらったときは、飛び上がるほど嬉しかった。

頑張って楽譜を読んで、繰り返し練習して、引っかからずに弾けるようになると本当に楽しくて、もういいと言われるまで何度も弾いていた。

でも、大きくなるにつれて周りの演奏と比較することができるようになると、わたしなんかよりずっと難しい曲を、ずっと上手に弾ける子がたくさんいることが分かってきた。

発表会も、自分の前や次の順番が上手い子だと、途端に弾くのが嫌になって、中止になればいいのにと本気で願うようになった。

それまでは、両親や祖父母が発表会を見に来てくれて、その前でドレスを着てピアノを弾けるのが嬉しかったのに、彼らがわたしの演奏を聞いて残念に思っているんだろうなと思うと、いつの間にか大嫌いなイベントになってしまった。

それからしばらくして、ピアノ教室をやめたのだ。

それ以来、たまに気が向いた時に家のピアノを開けて好きな曲を適当に弾くだけで、人前では絶対に弾かなくなった。