久しぶりに弾いたのに、こんなに上手いなんて。

内心でそう感嘆してから、いや違うのかな、と思い直す。

音楽に対する愛情が溢れ出すようなあの演奏は、久しぶりだったからこそ、なのかもしれない。

もしかして、何か事情があってピアノを弾けなかったのかな。なんの根拠もないけれど、そんな気がした。

でも、その理由を訊くことなんて、彼の様子を見ていたら絶対にできなくて、わたしはただ自分の素直な感想を小さく告げた。

「……ピアノが、好きなんだね」

そう言った瞬間、天音の目が大きく見開かれた。

そして、ぱっとうつむいてペンを動かし始める。

わたしもつられて視線を落とすと、天音の手が小さく震えているのに気がついた。

驚いて彼の顔を見るけれど、長い前髪に隠れて表情が見えない。

また彼の手もとを見ると、さっきよりずいぶん乱れた筆跡で、

『好きじゃない』

と書き殴られていた。

もしもこの言葉が口から出されていたとしたら、きっと呻くようにかすれた震える声だっただろう、と思う。

それくらい苦しげな字だった。

「……そっか。わたしも一応ピアノ弾けるけど、全然好きじゃないよ」

天音のピアノとわたしのピアノを並べて語るなんて、あまりにも図々しいと分かってはいたけれど、彼の混乱や動揺をなんとかしたくて、勝手に同調した。

「わたしの場合はね、練習は嫌いじゃなかったんだけど、どう聞いたって他の子より下手で、下手なのに人前で弾かなきゃいけないのが嫌だったんだよね」

くすくす笑いながら言ったけれど、天音は笑ってはくれなかった。

ただ、その緑がかった薄茶の瞳でじっとわたしを見つめている。

静かな眼差しに包まれると、心の奥底まで見透かされそうで居心地が悪かった。